善悪の分別
あけましておめでとうございます。
初夢は地震で乗っているエレベーターの天井が落ちてきて潰される夢でした。2022年、よろしくお願いします。
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新年早々に雪が降ってびっくりしました。寒いですね。羽毛布団を出しました。ほんとにテレワークで助かってます。
スタバの「ほうじ茶 meets キャラメル クリーム ティー ラテ」があまりにも美味しすぎて毎日飲んでます。本当に好き。
オミクロン株も気づくと凄い感じに。基本的にその手のニュースは勝手に入ってこないようにフィードとTLを細かくコントロールしているのですが、自宅にテレビがある人と比べて危機感がちゃんと2週遅れだったのでうまくいってるなと思いました。良いのかわかりませんが。
昨年末くらいからたまに目に入る、n回目の「日本ももうすぐ欧米と同じになる」的なツイートでペシミストが楽しんでいるのを鬱陶しく思いつつも、さすがにここまで爆発的に増えると、全然兆候のない場所でも感染してしまいそうで、ちょっと怖いなとは思いますが……。
2019年の年明けにインフルが大暴れしてた時期の感染者数が気になって調べたらピーク時は日本でも1週間で200万人超えてたっぽくて「逆にあれでよく社会が動いてたな……」という気分になった。(今後この時の状態に戻れるかどうかは特効薬の有無より国民のメンタリティに依る部分のほうが大きい気がする) pic.twitter.com/w9EKmSWgkg
— ♂️ (@hitsuayu) January 5, 2022
インフルと比べて後遺症とかの話があるので何となく怖くはなりますが、実際問題として後遺症の割合がそれなりに高かったらもっと深刻な社会問題になっているはずなので、ツイッターとかnoteで発信しているのはごく一部なんだろうなとも。それを根拠に警戒を緩めるつもりはないですが、とはいえ現状でも相当に気をつけた暮らしを送っている……というか無理しなくてもリスクの高いことをしないと思わないタイプだと思うので、粛々と気をつけていきます。
ダウ90000の公演はどうだろうな……。中止にならなければ行くつもりではありますが、「同じチケットで配信も観れるようにしました」って言われたら行くの止めると思います。
ヒトリエのライブも迷ってるうちにそろそろ一般発売ですよね。直前の様子見つつチケット余ってたら行っても良いかなあと思っているけど、たぶん面倒になって行かない気がしてます。
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年末年始のテレビ、期待していた『クイズ☆正解は一年後』が相変わらず圧巻でした。コロナの感染者数予想クイズは2年目だからこそできるギリギリの攻め方で、1年前の1月収録の時点、しかもオリンピックが半年後に控えている状況下で「年末には感染者が30人前後になる」は相当な楽天家しか本気で言えなかったと思うけど実際そうなったわけで。ほんとにあの番組は「事実は小説よりも奇なり」を体現している番組だなーと思います。
あとは『ラヴィット!新年会』も面白かった。ラヴィット、家にテレビがあったら毎朝つけてただろうな……。何だかんだでTVerで観るほどの熱はない。
『芸人シンパイニュース』も相変わらず最高でした。Aマッソの伏線回収、良すぎる。レギュラー復活してほしい。
……面白かったのはそのくらいかもしれません。笑う大晦日は酷すぎたし紅白も酷すぎた。
「国民全員が知っているもの」がなくなった世界で最大公約数を狙おうとすると、一部の人にウケるものをオールジャンルで寄せ集めるしかない、という苦しさはわかるんですけど、それにしても……。たぶんシンゴジラの年も同じこと書いたと思うんですけど、エヴァを国民全員が好きだと思ってるおじさんが演出決めてるんだろうなという痛々しさがありました。
けん玉チャレンジももう面白くないですよって誰か教えてあげてほしい。いや、まあメインターゲットのお年寄りとかファミリー層とかがあれを毎年楽しみにしてるんだったら私は観なければいいだけなんで別にいいんですけど……。
その点、紅白の後でチャンネル変えてやってたTBSの『カウントダウンTVライブ』の方が全然良かったです。若い層に特化してる分で知ってる曲が多かったというのはありますけど、知らない曲であっても純粋にアーティストが順番に出てきて曲をやるだけで楽しめる。全然これでいい。逆説的にNHKは音楽の価値を相当低く見てるんだなと思いました。
なんというか、「テレビはオワコン、つまらない演出ばっかり、YouTubeの方が面白い」とかいうコメントとかツイートに対して、以前はテレビを観てない人が言ってるんだなと思ってたんですけど、逆にテレビをめちゃくちゃ観てる人が言ってるんじゃないかという気がしてきました。
年末年始特番のようなああいう時代錯誤な内輪感とか、ネットニュースと大差ない危機煽りしてるワイドショーとか、そういう寒い番組がテレビの大多数であることは確かにその通りで、
私が普段TVerで観てる、『水曜日』『あちこちオードリー』『キョコロヒー』のような、ちゃんと時代の流れを捉えた人たちが作ってる番組って亜流でしかないんですよね。そういうものしか観てないくせに「テレビがつまらないとか言うのはテレビを観てないだけ」っていうのもそれはそれで一面的だなあと思って反省しました。
まあテレビという言葉の範囲が広すぎるのと、製作者の顔が見えないので一括りにされがちというのはテレビの構造的な問題なのでどうにかすべきなんだろうとも思いつつ。
実際、私は一人暮らしになって家にテレビがなくなったことで明らかにQOL上がってるので、どちらかというとテレビ嫌いにカテゴライズされるのかもしれません。
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『あちこちオードリー』のキングコング回が面白かったです。とにかくトークが楽しすぎる。若林の踏み込み方、西野に対するイジりとリスペクトのバランスとして東野の次くらいに相性が良いのではと思わされました。
ただまあ何というか、キングコングのあの感じが嫌いな人もいるんだろうなと改めて思ったのは、梶原の「はねトびが終わってからずっと生き地獄だった」とか、「YouTubeやクラウドファンディングを始めた時に日本中から叩かれた」とか、とにかく大言壮語が過ぎるんですよね。別に日本中ではないと思うし、そこまでの熱を持って叩いてた人も少ないだろうし、新しいことをしていたから叩かれていたというだけではなくて、そのために関係ないものをあえて下げるような発言をしたとか、そういう詳細についてはあえて触れないようにして、ウソをついているわけではないという範囲で自分に都合の良い解釈をしている。
はねトびの他メンバーから嫌われてる感じを見るに、「はねトびでの活躍は番組の手柄だと思ってた」というのもだいぶ当時の記憶を改ざんしてる感じがするし、結局のところああいう場で生活保護の不正受給騒動に自分から触れられないんだなという残念さもあったし。
で、それを見てあの2人のことを詐欺師だとか新興宗教だとか言うのは間違ってはいないと思うし、昔の自分だったらそういうのを見てキングコングを「悪い存在」の箱に入れていたと思っているんですけど、
今はそういう感じでもないというか、別に善悪のどちらかの箱とかないと思っているんですよね。すべての人間が良い側面と悪い側面があるだけの話で。梶原が生き地獄だったって表現するのは実際ウソではないと思うし、叩かれたのもウソではないし、それを意図的に隠してるとかではなくてたぶん本人は本当にそう思ってるんだろうなと。
『M-1グランプリ2021』という大会自体を批評する – QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
ヒラギノ游ゴという方が書いたこの記事を年末に読んで……まあ貼っただけで別に大したものではないので読まなくて良いんですが。
去年の振り返り記事でも書きましたが、まさに「社会問題に対してとにかく怒っている人」の一例で、別に間違っていることを言っているわけではないと思うんですけど、なんで同意できないんだろうと思っていて、その理由が、この人の参加していた鼎談記事を読んで少しわかった気がしました。
『激レアさん』『シンパイ賞!!』『キョコロヒー』『お笑い実力刃』、“クズ芸人”と“涙”の話、賞レース【2021年バラエティ番組振り返り(2)】 – QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
長いので引用まではしませんが、この記事の3ページ目、Creepy Nutsの出演したマツコ会議の話になり、まずマツコ会議自体とその後のラジオを踏まえてもミソジニーの問題を理解できていないDJ松永は良くない、という持論を主張していて、それに対して他の2人が、「あなたの言っていることもわかるし、問題がないわけではないけれど……」みたいな形で否定しきらずに緩和させるような動きを見せる。
その構図が本当に象徴的というか、ミソジニーという一つの問題について一番理解を持っている、進んだ考えを持っているのは確かにヒラギノさんなのかもしれないけれど、その場にいる中で価値観の多様性を一番認めていないのも明らかにこの人なんですよね。
自分の意見が正しいと信じて疑っていないということ自体もそうなんですけど、それよりも、この世界には良いヤツと悪いヤツがいて、悪いヤツは存在すべきではない、みたいなスタンスから抜け出せていない時点でアップデートも何もない。
ミクロな問題についての価値観のアップデートはできているのかもしれないけれど、問題の本質を何もわかっていないように感じます。もしくは、わかったうえでTwitterという空間で生き残るために思考を最適化しているのかもしれないですけど、そうだとしたらそんな人に政治的正しさについて語る資格はないはずなので。
誰が正しいか間違っているかみたいな話ではないんですよね。正しいかどうかなんて流動的で時代ごとに更新されていくものだし、一人の人間の考えも常に変わっていく。去年の自分が正しいと思っていたことを今の自分が正しくないと思うことなんてよくあるし、ということは今の自分が正しいと思っていることが正しくあり続けるわけがない。
「正しいか間違っているか」ではなくて「正しいとか間違っているとかない」というのを大前提にしないとあらゆるものが良くならないと思っていて、
それこそいま話題になっている神田沙也加さんの元恋人とか、ジョブチューンでおにぎりを酷評したシェフとか、全部そうですけど、「〇〇をしたくらいで叩かれるのはおかしい」みたいな擁護をする人は、その時点で「叩かれるに足ることをした人だったら叩いても良い」という考え方を内面化してしまっている。本当は「何をしたとしても叩かれて良い人間なんていない」なので、個別の事情について判断する必要がそもそもない。
Creepy Nutsの発言は確かに女性蔑視的な部分があったかもしれないけれど、そうだとしてもCreepy Nutsを叩くのは差別の再生産でしかなく、そこに「Creepy Nutsは売れていて地位があるから差別にはあたらない」みたいなのは、たとえそうやって取り繕ったロジック自体が正しかったとしても、自身の暴力性を後付けで正当化するために引っ張ってきているとしか思えない。
……もちろんCreepy Nutsやキンコン西野がやっていることはまさにそれと同じ構図だよねというのも確かにあるんですけど、同じ構図だからやっていいというものでもないはずなので。
みたいなことを考えているのですが、まあそれを大多数の人にわかってもらうのは無理だと思っているのでそういう人の発言は見ないようにしているし、別にヒラギノ游ゴという方に対しても怒りとかはないです。叩かれるべきとも思わないし。
この人のことを「間違った解釈に基づいて他者を傷つけるタイプの人」というカテゴリに入れてしまえばわかりやすいのは間違いないんですよ。そして、わかりやすさが何よりも重要視される現代インターネットで、ひろゆきや呂布カルマのようにそういうレッテルを貼って言い切るのが最も賢いムーブなのもわかるんですけど。でもこの人が指摘している問題は確かに一理あるし、別にこの人の記事の発言の1から10まで全部が異なる価値観の他者をあえて蔑むことで自分を上げるようなものかと言えば別にそんなこともなくて、根底には他者理解という概念もあるわけで。
同じことがキンコンにも言えて、確かに自分と違う価値観の人間をアンチとして一括りにして自分のカリスマ性の演出に使っているのは悪質だし、見方によっては詐欺スレスレのこともやっているけど、でも実際に誹謗中傷をしていた人たちは存在しているし、クッラウドファンディングやオンラインサロンもそれをちゃんと喜んでいる人たちがいるんだから誰も損していない。
プペルにXX回通ったことを馬鹿にしている人たちがアイドルのツアーで何万もかけて地方遠征してたりするわけで、そんなのをいちいち敵視したり、それが良いか悪いかの判断をしてたらキリがない。
だからヒラギノ游ゴもキングコングも「良い面と悪い面のある人」でしかない。そんなことはすべての人間がそうなので、考えても意味がない。
なので今はとにかく「そのままにしておく」ということを意識しています。自分に対して直接的に被害があるものはともかく、「不快感を覚える」程度の悪であれば別に見なかったことにすればよいので。忘れるのが一番良い。
……こうやって文章にして改めて思いましたけど私すごい成長してますね。笑
これも別に自分が正しいとかではなくて、単に自分が楽になる方を選んだ結果なので、どちらが上ということでもないんですけど。
1年前にカウンセリングで「あらゆるものに対して白黒はっきりつけようとするのが良くない」ということを何回も指摘されたんですけど、無理せず自然にそういう考え方を会得できた。びっくり。
こうなった理由はいろいろあるんですが、たぶん去年1年の仕事でいろいろなトラブルに揉まれた結果だと思います。1年前は同じチームのメンバーに対して「この人は自分と意見が合う」「この人はちょっと合わない」みたいなことを無意識にカテゴライズしていたんですけど、いろんな人と関わる中で、「あらゆる人について自分と合うところと合わないところがあるな」と気づいて、そういう目線で見るようになってから一気に他者に対してフラットに付き合えるようになった。一つ一つのテーマについて自分と合う合わないを判断すれば良いだけで、それを引きずらなくなったので。
こうして書くと当たり前すぎるんですけど、たぶんそれができてない人が結構多いんだろうなとSNSを見ていて思います。それこそ未だに自分と趣味の合わないテレビに対して怒ってる人とか。見なければいいのに。
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もう明らかにそういう感じではないんですけど新年の記事なので今年の目標を書きます。
と、その前に去年の目標を振り返ると、
- 時間を有効に使う
- 個人アプリを作る/Webサービスを作る
- リングフィットアドベンチャーを続ける
- お金を貯める(支出を月収の60%以下に抑える)
- 人間関係を維持する
- 本を時々読む
- 英語の勉強する
こうしてみると割と達成できているので凄いですね。時間を有効に使う、と、お金を貯める、はちょっと怪しいですが。
個人アプリというほどではないけどWebサービスは自分で作って、それを仕事にも還元できたし、リングフィットも特に最近は割としっかりやっているし、
人間関係はまあ増えも減りもせず。本は全然読めなかったな……。
英語についてはTOEICを受けたのが大きなトピックというかそれだけで十分という感じ。英語力が思ったより錆びてなかったの、たぶん地味に英語を使う機会が多い暮らしをしてるからだと思うんですよね。技術系のドキュメントとか、Surfaceの最新機種のレビューとかで、あんまり躊躇することなく英語の記事を原文で読んでるので。
とりあえず2022年の目標。
- TwitterやYouTubeを見たりゲームしたりで無駄に過ごす時間を減らす
- 実名のホームページを作っていろいろ発信する
- お金を貯める(支出を月収の60%以下に抑える)
- 本を月に1冊くらいは読む
- 他人と喧嘩しない
2021年のふわっとした目標を全体的にもう少し具体化しました。
時間。もう本当に時間については……まあ今の状態もそこまで悪くないというか、仕事して自炊してリングフィットやってたら生産性としては十分じゃないかという甘えた気持ちもあるんですけど、
じゃあその後のお風呂でYouTube観たりして気づいたら経ってる1時間みたいなのが、本当にないと困る時間なのかと言われると別にそんなことはないはずなので……。ちゃんとしなきゃいけないなと思いつつ難しい。根本的にもっとスマホを見る時間を減らすべきだなとは常々思うんですけど。頑張ります。
実名での活動。昨年末の振り返りでも書きましたけど、そろそろ会社内だけでなくもう少しオープンな場所で発信をしていって、エンジニアとしてのキャリア、価値を積んでいかないといけないなと思っていて、そういう活動を、まあ炎上とかはしたくないのでたぶん最小限にはなると思いますが、多少はやっていきたいです。ホームページ作ったからといって日記とか人生論とかそういうことは絶対やらないと誓います。
お金。貯めたい。給与が多いので資産としてはさすがに増えてるんですけど、この給与の割には貯まってないよなという感じ。たぶん1万円前後のものを軽率に買うのが良くないんですけど、そういうものを買わないストレスもあるので……だからこそちゃんと個別ではなくて金額で管理しなきゃいけないんですけど……。「家計簿をつける」を目標にした方が良いかもしれない。
読書。去年はたくさん読もうと意気込んでKindle Unlimitedに入ったりしてみたものの、1月から2月にかけて読んだ本がことごとく自分と相容れない考え方で読めば読むほど嫌な気持ちになるばかりで心が折れて早々に止めてしまったという感じだったのですが、まあ1年経っていろいろ寛容になった今ならもうちょっと本をちゃんと楽しめるんじゃないかなあ……という気持ち。
人間関係についてはまあ、増えることはありえないし減ることもそうそうないし、維持できるかどうかというよりは平穏に維持できることを目指したいです。あと、今大事にすべき人間関係はどちらかというと仕事も含むところなので、去年はまあ通年で見た時に仕事で反省することはそこまでなかったんですが、喧嘩……喧嘩というのも違いますけど、ちょっと口論でヒートアップしてしまうことはあったので、それはなくしたいです。
あとはまあなんというか、ここ最近の記事でも書いてますけど、現状で満足しちゃってるのであんまり目標として立てたいものもないんですよね。リングフィットを続けるとか、他にも自炊を続けるとか、あるんですけど、まあここで無理に掲げなくても達成できそうだなと……。
このブログについてはあんまり目標という感じもないので、引き続き月1の更新は最低限守っていきたいと思います。
この記事を読んで頂けたらわかる通り、とても実名では書けないけどどこかには書きたいことは意外とありそうなので……。今年もよろしくお願いします。