ひとりごと access_time

属人化

 4月3日、という日付を見ると反射的に咲夜の誕生日だ!と思ってしまいます。『ハヤテのごとく!』の。

 あの作品が劇中の誕生日をイベントとして重視する世界だったからだと思いますが、今となってはものすごく好きな作品というわけでもないので、やっぱり小中学生の時にハマっていたものって本能的に愛着が湧いてしまう部分があるなと思わされます。

 懐かしいもの、エモーショナルなものを無条件に良いと感じるのは決して悪いことではないけれど、それが他の人と共有できるわけではないということは自覚していないとブレてしまうなとも思いますし、逆に自分はそれこそ新エヴァに対して何の思い入れもないので過度に盛り上がっている人たちを見ると引いてしまうんですけど、それは自分にとっての別の作品と内容ではなくポジションとして同じものだということも理解しなければならないなとも。

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 記事の投稿時刻がズレていたので直しました。タイムゾーン問題。むしろ何で今まで動いてたのかわかりませんが……。

 ブログ、もう1年くらいまともに追加開発してないんですけど、追加開発なしで安定して動いているのはサービスとしては最高なんですよね。メンテナンスが辛くなるだけで、メンテナンスしなくていいなら技術が枯れていくことはサービスとしては問題ない。


 会社で開発しているサービスとか見てても、昔からあるぐちゃぐちゃなコード、いわゆる技術的負債と呼ばれるものが、新しいメンバーから良くないものの象徴みたいに扱われることはよくあるんですけど、

 一方でそれがお金を稼いできているおかげで組織がグロースして新しい開発をいろいろできる基盤になっているわけだし、それがなかったらそもそも事業として成立してないんだよなーと思うので、個人的には責めないでおこうと思います。

 と同時に、技術的負債という言葉はすごくよくできていて、要するに保守性とか拡張性を未来から前借りしてるから、それだけ開発スピードは上がるんですよね。

 だから、自分が今いる会社の技術的負債って、たまたま初期開発者が綺麗なコードを書けない人だった、みたいな偶然によるものでは全然なくて、

 サービスの立ち上げ直後から拡張性を意識して綺麗なコードを書くことに執着すると事業としては失敗したりするんじゃないかなあと思ったりしました。


 それこそ前の会社でエンジニアが新卒の自分1人だったのに開発速度とクオリティを両立できていたのも、広告会社という性質と自分がいわゆる一般的なエンジニアの経験を積んでいなかったことで保守性を一切考えずに開発できたおかげなのだろうし、

 だから後任のエンジニアが自分ほどの開発速度を出せなかったのは、能力的に劣っていたわけではなくて、おそらく長年の経験から保守性の悪いコードを書きたくないという優しさがあったのだろうなと、今なら少し優しい気持ちになれます。当時はとてもイライラしていましたが謝りたいです。まあリリース3日前に作業残したまま音信不通になって土日に全部尻拭いさせられたのは経験関係ないんで許してないですけど。

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 この元ツイートを見ていて思ったのですが、2012年のTwitter、これだけバズってもリプが1件も付いてなくて平和な世界だなあと思いました。

 この頃の感覚を知っているから、知らない人にコメント気分でリプライ送れる人たちのことを理解できないんだろうなあとも。


 10年前、それこそ3.11の頃って、スマホもLINEもなかったんですよね。ツイッターはギリギリあった。『モバツイ』で救助求めるツイートとか見かけた記憶はあるので。

 そこから10年。いろんなものが変わっているような気がするのですが、一方で、人間の生物としての限界に縛られたままではあるな、ということを考えたりします。

 例えば、10年前は電話が繋がらなくて公衆電話を探したりしましたが、今はLINEがあるので安否確認は一瞬でできると思いますが、一方で、じゃあそこで津波だったり崩落だったりでスマートフォンを開けないような怪我を負ってしまった時にやれることは別に増えてないのではないかという。Apple Watchの緊急通報機能あたりはその点で少し貢献しているかもしれません。

 もう1つは、いつでもどこでも繋がれる状態にありながら、意外とそれって性善説に基づいているというか、繋がれるかどうかはお互いの合意が前提になっていて、まあそんなの当たり前というかそうじゃなかったら人権的にどうなのという話ではあるんですけど、

 当たり前のようにLINEでいつでも連絡が取れて、TwitterやFacebookで状況も追えて、もっと言えばたとえ一緒に暮らしている家族であったとしても、本人が連絡を絶とうと決めてSNS全部アカウント消して電話番号変えて引っ越せば簡単に交流って絶てるわけで、そういうものに対して確実な保障がないのは不安だなと思います。

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 仕事でプログラミングをしていても、TypeScriptだったりLintツールだったりで自動化されていて事前に検知されていることに安心感を覚える、というのは、

 自分自身の意志だったり感覚だったりからくる判断を信用していないからだなと思っていて、

 免許取るのを諦めたのも結局、自分の意志で運転に集中しなければならない、居眠りとかをすると事故を起こす、みたいなリスクに対して自分の意志に基づく判断でそれを100%回避し続けられる自信がなかったからなので。

 だから包丁とかライターとかもできれば関わりたくない、何であんなものが普通に売られていて当たり前に使われてるんだろうと思うし、

 そして実際包丁で何度か手を切ったりしてるのでやっぱり自分は他の人と比べても自律的な行動を取る能力が低いだけなのだと思いました。