ひとりごと access_time

推し

 毎日更新しようと思いながら気づけば1週間経ってしまいました。

 先週は1週間過ぎるのが異常に速くて震えました。最近、毎週水曜に出社しているので、2-1-2という感じで細かくリズムが作れていて、気づいたら終わってる感じがします。

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 アメリカ大統領選がありました。

 何だかんだで絶対トランプが勝つだろうと思っていたのでびっくりしました。

 それは自民党と全く同じ戦法で、「クリントン時代に戻していいのか」と唱えるだけ。

 トランプや安倍がデタラメなことを言いまくって、反対勢力はその訂正に追われて自分たちの主張ができないまま負ける、という流れに対して、ここからの4年間でいわゆる左派勢力が回答を見つけられればいいですが、たぶん無理だと思ってます。少なくとも民進党では無理。

アメリカ大統領選に関して思うこと | Our Story's Diary

 4年前にこういうことを書きましたが、アメリカメディアが4年かけて出した答えが「フェイクニュースが拡散しないようにSNSの運営が徹底的に否定する」というのはスマートだなあと。

 その良し悪しはともかくとして、NHKとかが「偏らないようにどちらの意見も平等に扱います」というポーズでどちらの意見もファクトチェックせずに垂れ流すのとか本当にしょうもないなーと思いました。


 ただ、こういうことを考えて何になるんだろうという気持ちもあります。4年前は大学の授業とかでもこういうことを考えて論じていたので、当たり前のように興味を持っていましたが、

 今、社会人として仕事をしている中で思うのは、政治が自分の生活に与える影響って意外とそこまで大きくないし、政治が与える影響の中で選挙によって変えられる部分ってもっと少ないんですよね。消費税増税も、緊急事態宣言も、じゃあこれが民主党とか維新とかが政権取ったら避けられてたのかと言えば別にそんなことはないし、これ以上どうしてほしいとかも別にないんですよね。仮に税金が今より上がったとしても、トータルであんまり気にならない程度には給料貰ってるし、税金下げる政党応援するより今の会社でキャリアアップした方がコスパ良いよね、という。笑

 そして、興味を持ったところで何か意味があるの、とも思います。自分が全政党のマニフェストを読んでフラットに比較した上でどこかの政党に入れても勝つのは自民党だし、ここからの数年で菅さんの支持率が急落して自民党が負けるとしても、それはそれで私が自民党に入れても負けるパターンでしかない。

 SEALDsみたいな政治組織立ち上げるとかツイッターでフォロワー1万人いるとかだったら多少は意味あるのかもしれませんが。自分がそういう誰かから支持を得られる人間でないこともわかっているので、それもあり得ないんですよね。

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 『プロジェクトセカイ』地道にやっていたら少しだけ慣れてきました。ノーツの幅が可変であることになかなか脳が慣れなかったのですが、そこそこの速さなら処理できるようになってきました。

 それでも広いノーツが来るとつい両手でタップしてしまう癖が抜けないー。ガルパもミリシタもユニエアも、複数レーンに跨るノーツがなかったので。『ヒバナ』MASTERとか一生できる気がしない。


 『シャルル』『アスノヨゾラ哨戒班』『ロキ』のMASTERを何とかフルコンしました。29まではどうにかしたい。消失EXPERTも。

 『ローリンガール』は難易度31でしたが、31の中では難所がなくてフルコンできそうな希望を感じる。『ブリキノダンス』とかの方がよっぽど無理。

 手が忙しい譜面は音ゲーしてる感が強くて好きですが、同レーン連打とかの筋肉を追い詰める系のは単純に楽しくないんですよね。慣れればそうでもなくなってくるのでしょうが。

 でもローリンですらこれなので裏表とかアンマザとかもっとゴリラ譜面なんだろうな……。


 キャラクターは……ストーリー読み飛ばしているので何となくですが、小豆沢こはねちゃんの見た目と声がとてもタイプです。

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 ミリマスの志保といいガルパのモカといい、髪の色が薄いダウナー系が好きなのだなと思いました。

 ビビバス、なんか冷遇されてるらしいですが、ガルパの例からして、長期的にバランスを取れる運営ではあると思うので気長に★4が来るのを待ちます。1年くらいかかるかもしれませんが……。

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 ボカロにしろアイマスにしろFateにしろ、「マネタイズは上手くいっていなかったけれどファンコミュニティの熱量が高いIP」が、ソシャゲという無限にお金を出させられるビジネスに手を出すことで一気に高い収益を叩き出すの、

 アイマスが一時期バンナムでお荷物扱いされていたことを考えると、ビジネス的にはwin-winでしかないのだろうと思うし、報われて良かったですね、と思う一方で、

 「販売元のマネタイズが上手くいっていなかったからこそファンも無償で盛り上げた」面もあったはずで、それによって耕された土壌の上で販売元だけが急に儲けるのってどうなんだろう? という気もしなくはないです。

 著作権とか営利企業ってそういうものといえばそれまでなんですけど、その権利を主張しないことの利益を得てきた割に……という。法的な云々ではなくてモラル的な違和感です。じゃあどうするべきなのかとかも別にないんですけど。


 数年前から一部で言われていた、いわゆる「初音ミク/ボカロのキャラクタービジネス化」への懸念を、ようやく実感として目にした気がします。バルーンさんとかOrangesterさんとかが現れた頃には、ボカロの主戦場はもうクリエイターではない部分にあったのだろうなという。

 それと同時に、プロセカが今の売り上げを維持し続けた場合、ボカロの話題が出た時に当たり前のようにプロセカキャラの話題が出るくらいVOCALOID文化の中心に来ることになるのではという感じも。

 プロセカでミクに触れた人が初音ミクという世界観を拡張することに貢献しようという発想には至らないだろうなと思います。が、ボカロで作曲始めて一山当ててやろうという発想に至る人はいるかもしれないのでまあ今とあんまり変わらないのかもしれません。

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 それはそれとして、プロセカ、女性ファンの比率が高い感じがするのが気になります。

 YouTubeのコメント欄のノリが完全にヒプマイとかQuizKnockとかと同じ温度なので、わかりやすく男性キャラPUの時だけガチャが回るみたいなことはあるかもなーという感じが。

 男女のオタク両方を全力で取りに行くソシャゲって自分の知る限りあんまりなかったと思うので、うまくバランスを取ってほしいなと思います。


 自分はだいぶ前からいわゆるオタクではないと思うのですが、

 自分の好きなものがもっと評価されてほしい、いろんな人に知ってほしい、みたいな熱量が完全に冷めたのは特にここ1~2年だなあと思います。

 だからYouTubeのコメント欄やTwitterで、個人の感覚として片づけられる部分を超えた表現を使って無邪気にはしゃいでる人たちを見ると反射的に嫌悪感を抱いてしまいます。

 個人の感覚を超えた表現というのは、「尊い」「神」「泣いた」「死んだ」みたいな大袈裟な言い回しもそうだし、「○○が好きな人は××も好き」「○○ファンは××だから良い」「○○運営はオタクの需要をわかりすぎてる」「○○が無料なのはおかしい、もっと貢がせてください」みたいな仲間意識とラベルの押し付け。

 そういうやり取りの全部があまりにも無理になったからTwitterもやってないしこういうブログでぶつぶつと独り言を唱えるだけの人間をしているわけです。


 結局そういう強い肯定は、その対象以外の全部の否定と不可分だなと思うし、それが純粋にポジティブな感情のみで構成された感想だとしても勝手にその裏側にある悪意を読み取って反発したくなってしまう。

 そう思うのは自分の強い肯定と不可分であった否定によって何度も炎上した経験があるからで、つまり自分自身の悪意によるフィルターがあるだけなのですが。

 結局そういう言葉が他人に届くことはないし何も広がっていかない、むしろ余計な反発を生むだけであって、言葉が誰かの心を動かすことなんてないなと思っている。

 「世間」「空気」という曖昧な存在があって、それは自分とは全く違う価値観を持った何かとしか言いようがなく、信じられないほどに自分の好きなもののことを認めてくれないし、それに抗ったり何かを変えたりする力もない。かといってそれに対して不満を持つのも違う、ただ自分がおかしいだけ。


 そしてもっと言えば、自分が広がっていってほしいと思うものが、その熱に関係なく終わってしまう。

 ヒトリエは、もはや自分が何をしても、この先何があったとしても、今より良くなることのない存在になってしまった。いや、ヒトリエをこう言い切るのは語弊がありますが、閉塞感というニュアンスとして伝わると信じています。

 The First Takeとかプロセカとかで過去のボカロPが再評価されたり、ずとまよやYOASOBIのようなネット発のアーティストが当たり前のように音楽番組で取り上げられたりといった流れにヒトリエが乗ったり、または3人体制の活動がここから活発になったりすることはもちろんあるかもしれないけれど、

 そうなろうがなるまいがwowakaさんの新曲も聴けないしライブも二度と観られないので意味ないんですよね。そういう意味での絶望感です。


 自分は自分の好きなものに対してその行く末を見守ることしかできない。当たり前ですけど。

 その結果、自分がかつて好きだったものが全然好きではないものに変わってしまうこともあれば、世間から拒絶されて終わることもあるし、そういうことすら関係なく唐突に終わりを迎えてしまうこともある、

 それに対して何か熱量を持って追いかけたり推したりすることが本当に虚しい、無駄だなあ、と思うようになったので、だったら適度な距離感……つまり、好きだけど別になくても良い、自分の好きではないものに変わったらすぐに追いかけるのを止めてしまえば良い、いつかそうなるに決まっている、永遠に続くわけがない、と常に自分に言い聞かせながら、余計な情を持たないという付き合い方を志向しています。

 もっと言えば、wowakaさんが亡くなるよりも大きなショックって今後の人生で訪れないと思うんで、あの時に精神が壊れなかった時点で自分にとってそれ以外の全てのものも同様にそういう自分の人生に必要不可欠な何かではないんですよね。少なくともファンとしては。家族とかはちょっとわかりませんが。

 そういう状況で、無邪気に自分の好きなもののことを100%で肯定できて、自分が良いと思ったものが一般的に良いと思われるもので、その先に明るい未来が待っていることを信じられる人たちのことを、羨ましいと思うし、素晴らしいことだなと思うけれど、

 一方でやっぱり苛立ちもします。そんなことを言っている人全員に、自分の一番好きなコンテンツに明るい未来が訪れないことが確定してしまった人間もいることに配慮してください、みたいなクソリプを投げつけたくなります。しませんが。

 そういう意味で、自分はもう何かに対して100%の期待とともに追いかけることはできないんだろうなと思います。


 今は基本的にいろんなものに対してそういう距離感を置けていると思います。

 須田景凪さんとか元トーマさんとかの新曲が全然刺さらなくなったことも受け入れられているし、数ヶ月前まであんなに興奮してたラランドのラジオももう全然聞いてないし、結局自分にとってその程度の、別の何かで埋めることのできる存在だとわかっているので。

 それこそ津野米咲さんの訃報も、言うまでもなくショックではありましたが、それを引きずって生活が送れないようなことにはなっていない。


 ただ、強いて言えば、オードリーANNだけは、急にどちらかが死んでしまったらしんどいだろうなと思います。が、そうなったとしてもきっと平気で生活を送ることができて、そして時間の経過によって何もなかったように元に戻っていくのでしょう。そういう浅い人間です。

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 ブログを書いていると思考が深まりますが、深まることが良いとは限らないですね。軽くプロセカの話をして終わるつもりがこんなことになりました。

 話題はあるので近いうちにまた更新したいです。