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『UNKNOWN-TOUR 2018 “Loveless”』特別先行大音響シアター上映会

 10/31に、ユナイテッド・シネマ豊洲で開催された「ヒトリエ LIVE DVD & Blu-ray リリース記念 『UNKNOWN-TOUR 2018 “Loveless”』特別先行大音響シアター上映会」に行きました。

 行くかどうか迷っていたのですが、行って良かったなと心から思っています。

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 自分は『IKI』『Loveless』という2つのツアーのどちらも行きませんでした。

 ここ数年、ヒトリエに対する熱が一時期と比べて冷めた後でも、

 行きたいと思ったライブ(HITORI-ESCAPE)には全て行ったし、

 行かなかったライブにはその時に行かないという決定をするだけの理由があったから行かなかったのであって、

 そのことについて後悔はない、と、この半年間、書き続けてきました。それは実際そうだと思っています。


 が、『Loveless』というライブについては、行くべきだったのかもしれない。

 行った方が良かった、とかではなくて、

 もしあのライブに行っていたら自分は今こんな風になっていなかったのではないかということを、上映会からの数日間考えていました。


 それは、演奏以上に、曲の合間のMCで、wowakaさんがすごく熱く語っていた、そんな姿を初めて見たからです。もちろん他のワンマンでも喋るし、ああいうことはよく言っていたと思うけれど、それでも『Loveless』というツアーは、そのアルバムのテーマがテーマだけに、かなり特異な空気ができていたように感じられました。

 あんなにも熱を帯びて、感情を込めて、音楽のこと、愛のこと、人間のことを語るwowakaさんの姿をもし生で見ていたら自分は、wowakaさんを、ヒトリエを、信じ続けることができたのだろうか。


 おそらく、そうではないだろうなとは思います。

 こういうことが起きるまでずっと、いや、こういうことがあってもまだ、ヒトリエに対しての印象はずっと上下し続けていて、

 最高のバンドで一瞬でも貶そうと思うなんて狂っていると思う瞬間と、絶賛しか認めない信者に唾を吐きかけたくなる瞬間が交互に訪れていて、

 今年の3月から4月はちょうどそういう負の時期でした。1月、2月のHITORI-ESCAPEで心動かされたはずなのに、それでもなお、そういう風になっていたのだから、きっと意味なんてなかったのだと思います。

 それでも、Lovelessというライブを観ていたら、ひょっとしたら……と思わずにはいられない、それほどまでに鬼気迫る映像がありました。

 まだBlu-rayを買っていない方、特にツアーに行かなかった方は、絶対に買った方がいいです。どの口が、という話ですが。

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「DEEPER」は悪くないけど、最近のヒトリエはなんか違うと思う

 私はふと思いました。  最近、このブログはどうも、読者受けを気にしすぎていると。  Bremenの感想... 続きを読む

access_time2016-02-29

 このDEEPERの記事は、このブログの記事が、小さいながらもバズるという初めての経験であって、その後のこのブログの在り方にも大きく影響しました。

 そして、自分にとって――もしかしたら自分以外にあの記事を読んだ人の中にもそういう方がいるかもしれませんが――、あの記事で書いたことはずっと一種の呪いになっていたのだと思います。


 最近のwowakaさんの歌詞を好きになれない、という言葉を発信してしまったことで、それ以降のwowakaさんの書いた歌詞を、言葉を、真正面から受け止めることなく、上っ面だけを見て拒絶してしまったのは自分なのではないか。

 ボカロ時代であれば使わなかったような語尾、言葉使い、漢字、それらだけを見て、自分には合わない、と思ってしまったのではないか、


 というのを考えたのは、今回、『Loveless』の上映会の中で、一番印象が変わった曲が、『アンノウン・マザーグース』でも『日常と地球の額縁』でもなく、

 『ソシアルクロック』だったからです。

 100%音と映像だけに集中できる空間で聴いたソシアルクロックが、その歌詞があんなに真っ直ぐに今の社会をストレートに否定する表現になっていることに、馬鹿みたいな話ですが、今まで気づいていなかった。気づこうともしなかった。

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 最近、「ずっと真夜中でいいのに。」とか「三月のパンタシア」とか「Eve」とか、

 あのあたりの人気のボカロPの曲を聴くと歌詞の軽薄さに激しい嫌悪感を覚えるのですが、

 きっと今の自分が新曲として『裏表ラバーズ』を聴いたら同じように好きになれないのだろうと思います。


 結局その時々の人生のステージであったり置かれている環境であったりで、その人に刺さる言葉、刺さらない言葉、というものがあって、それは同じ人でも変わったりする、

 それと同時に、それは聴く側だけでなく作る側に同じことが言えて、つまりwowakaさんが架空の少女を主人公に据えた箱庭的な歌詞を作らなくなったのは、そういう歌詞に本人が魅力を感じられなくなったからだろうと思うし、


 すごく雑にまとめるなら、wowakaさんの方が大人になるのが早かったんだなあと思います。

 ボカロを始めた頃のwowakaさんはまだ学生で、ヒトリエを始めてからは当然そうではなくなったわけですけど、

 自分自身も、大学を卒業して社会人になったこの2年でも相当に意識の変化があったし、だからこそずとまよやEveさんの中身のない歌詞に全然魅力を感じられないのですが、あれが刺さる層もたくさんあってそっちがマスマーケットであるから正しいのでしょう、


 一方で、wowakaさんはそうしてマスに迎合する歌詞を作るのを拒んで、

 成長し、変化する自分を等身大で見せ続けることを選んでいたのだろうなと思います。


 自分は何でそのメッセージを受け取ることができなかったんだろうと、それは考えます。

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 考えても悩んでも意味なんかない。

 別に自分が何かこの問いに答えを出してもヒトリエのライブが観られるわけではないしwowakaさんの新曲が聴けるわけでもない。

 そして、そういう答えが出てもそれをどこにも返すことができないんですよ。


 wowakaさんがどれだけヒトリエのライブを大事にしていたか、熱を持っていたか、それに二度と行けなくなることが自分にとってどれだけ暗い影を落とすか、それを知った後でも、

 それはwowakaさんという唯一無二の人だから起きたショックでしかなくて、

 だから米津さんの次のライブにも応募しなかったし、ヒトリエのwowakaさん以外の3人のライブにも今後は行かないし、メンバー3人のフォローも数年前に外して以来そのままです。

 

 上映会は確かに素晴らしい空間だったけれど、それを素晴らしいとはとても言えません。ライブが終わった後、席を立ちながら友人同士で感想を熱っぽく語り合う人たちのことはとても信用できません。

 あのライブを見た後に残るのは果てしない喪失感と虚無感、それだけでした。

 あれだけ素晴らしいライブの、そのすべてが二度と取り戻せない過去の記録で、未来永劫更新されずにどんどん古びていく。前に進むことができない。

 そういう絶望だけがあります。

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 wowakaさんの訃報から半年が経って、直接的なショックとしては和らいできていたのかな……と思っていたのですが、

 ここ何週間か……特にこの上映会の前後で、ああ、やっぱりだめかもしれない、と思います、


 ヒトリエ以外の曲を聴いているだけで罪悪感を覚える。

 それだけ聴いていると飽きてしまうからもちろん他の曲も聴くのだけど、申し訳ないなと思ってしまう。何かに。

 そして、Eveとか日向坂とかの曲を聴いていると、こんなにも軽薄で、血が通っていない、人間を見せていない、楽曲を聴くこと、好きになることが冒涜だなと思う。それを音楽だと認めてはいけないような。


 ヒトリエ以外のアーティストが売れたニュースを見ると嫌悪感を覚えるし、何を楽しそうにしてるんだろうと思う、

 自分自身も、何でゲームなんかやってるんだろう、何でスタバの新商品なんか楽しんでるんだろう、自分よりも何倍も価値がある人の命が失われたことに対して何もできていないのに、何で価値のない人間が生を満喫しているんだろう。

 それは結構一生変わらないんじゃないかなと思います。


 別にwowakaさんが亡くなったことから目を背けて生きていくのは簡単で、現に今ままさに自分がそうやって7ヶ月もぬけぬけと生きているわけですから、そんなのはとても簡単なことです。考えなければいいので。考えずに仕事に没頭して、普通の人間のフリをして他人とコミュニケーションを取れば済む話なので。

 きっとそしてこれからもそんなことは増えていくのでしょう。自分の母親がたぶん自分より先に死んで、それでいていま自分が死んでほしいと思っている父親はたぶんなかなか死なないんだろうなとか。根拠はないけれどそう思います。

 ただ、そうやって生きていくことのゴールが最終的にどこにあるんだろうとは思います。wowakaさんが最終的に死ぬという結末に向かってこの10年wowakaさんを応援してきたのと同じように、同じように米津さんもそうなるし、自分の周りの大切な人についてもそうで、

 そうやって自分の大切なものが全て奪われていくことを眺めるだけの人生にどれだけの価値があるんだろうか。


 当然ですけど明日からは全然こんなこと考えていないかのように振る舞いますよ。それは簡単なので。

 wowakaさんの誕生日の翌日であってもSurface Pro 7のレビュー記事を上げてアフィリエイト収入でお金を稼ごうとする浅ましい人間になることはとても簡単で、そして、それ以外の選択肢なんてないんです。自殺するなら別ですけど。

 書けば書くほど陰鬱な気持ちになります。そして陰鬱な気持ちになるべき人間であるからそれは正しいことなのだと思います。

 これ以上続けていても意味がないので切り上げますね。すみません。きっと明日起きてこの記事を読んだら後悔すると思いますが、それでもこれが本心です。

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