Our Story's Diary

こころを動かされたものと、動いたこころのこと

『若おかみは小学生!』感想。「誰も傷つけない”のに”面白い」という新しい王道

前書き

 映画『若おかみは小学生!』を観た。

 新海誠監督をはじめとして各方面から大絶賛されているこの映画。

 ストーリー、キャラクター、美術、音楽、どこを取っても魅力に満ちていて、過不足なく、子ども向けアニメ映画の新たな傑作であることを疑う余地はない。

 ただ、そのクオリティの高さについてここで私が書く意味は、正直ないだろう。

 それで観に行こうと決める人は、もうとっくに観に行っているはずだし、既に観に行った人であれば、もう散々その手の語りは見飽きていることだろう。

 そこでこの記事では、この映画のウェルメイドな部分ではなく、いかに「新しい」かということにフォーカスしたい。

 言い換えれば、「王道映画」「ポスト宮崎駿」と聞いて、興味を持つどころかむしろ観る気をなくした層に向けた感想。

 なぜなら私も、「ポスト宮崎駿」という持ち上げられ方を目にして観に行くことを躊躇った側だからだ。

 

 なお、この記事でストーリー上のネタバレはなるべく避けているが、テーマにはかなり言及しているので、できれば観に行ってから読んでほしい。

 

あらすじ

小学6年生の女の子おっこは交通事故で両親を亡くし、祖母の経営する旅館「春の屋」に引き取られる。旅館に古くから住み着いているユーレイ少年のウリ坊や、転校先の同級生でライバル旅館の跡取り娘・真月らと知り合ったおっこは、ひょんなことから春の屋の若おかみの修行を始めることに。失敗の連続に落ち込むおっこだったが、不思議な仲間たちに支えられながら、次々とやって来る個性的なお客様をもてなそうと奮闘するうちに、少しずつ成長していく。

若おかみは小学生! : 作品情報 – 映画.com

 

「悪役」がいない、全ての人間が肯定される世界

 この映画の一番の魅力であり革新は、何と言ってもこの1点に集約される。

 この映画には「悪人」がいない。

 そして同時に、変わった人や未熟な人であっても、その個性を誰かが否定するようなシーンは決して描かれない。

 

 両親を失ったおっこが引き取られた旅館・春の屋で働く人たちの中に、おっこに厳しくあたるような人はいない。

 全員がおっこを可愛がってくれるし、おっこに対して責任を押し付けたりするようなシーンもない。

 ライバルポジションの「ピンふり」こと真月も、「春の屋のライバルである豪華旅館の跡取り娘」という設定から想起される、いわゆる「嫌ないじめっ子」のイメージとはかけ離れたキャラクター像で描かれる。自分の旅館と周りの街を盛り上げるべく努力している。

 全てのキャラクターが自分の信念を持って生きている。あらゆる言動には理由があり、それは決して他人を陥れるためのものではない。

 

 例えば、「主人公が旅館の若女将に」という設定であれば、

 「厳しい女将が主人公の一挙手一投足を叱る」「主人公が若おかみの過酷な仕事に耐えられなくなって逃げだしたくなる」などといったシーンが挿入されそうなものだが、そうなっていない。

 もちろんお客様に対する接客の心の大切さ、みたいなものは出てくるが、例えば「時々敬語が抜けてしまう」「バランスを崩して転んでしまう」みたいな小学生らしいミスに対して、合理的でない伝統や礼儀作法を理由に細かく叱るシーンは、全くない。

 それらのおっこの純真無垢なキュートさは、無礼や世間知らずといった欠点ではなく、あくまでおっこの持つ魅力として常に肯定され、それは旅館に対してもプラスに働く。

 「自分で若女将を選んだんだから」みたいなことを言って追い詰めたりもしないし、おっこがお客様と喧嘩してしまうシーンでさえも、おっこのことを立場を理由に怒鳴りつけて、答えを強制することはしない。

 そしておっこもまた、経緯は半ば成り行きであっても、若おかみの仕事を純粋に楽しんでいる。

 

乗り越えるべきものは自分の中に

 倒すべき悪や乗り越えるべき壁が出てこない、ということが、平坦で盛り上がりに欠ける物語を意味すると考える人もいるかもしれないが、当然そんなことはない。

 春の屋でおっこに訪れる出会いと別れは、その1つ1つに意味があり、おっこを成長させていく。それぞれのエピソードにはピンチとカタルシスがあって、もちろん物語としても面白い。

 むしろあらゆる登場人物が敵意や悪意を他人に向けないことは、おっこが、乗り越えるべき自分の弱さを自力で発見していく物語であることを、より強固にしている。

 自分の未熟さや失敗は、他者から責められたり追い詰められたりするのではなく、おっこ自身が自発的に気づく。

 そして、他者から無暗に攻撃されないおっこもまた、他者を攻撃しない。

 全員が優しい世界だからこそ、おっこも、そして観客もそうあるべきだということに説得力が生まれる。

 

 それは他のキャラクターも同じだ。

 真月もクラスで浮いてはいるが、周りの子を見下したりはしないし、よくあるライバルキャラクターのようにおっこの足を引っ張ったりしない。

 同時にクラスメイトも真月を本気で嫌ったりしていない。努力家な部分はきちんと周囲から認められているし、奇抜な服装もそれを理由にいじめられたりはしない。

 「何でもかんでも頑張らなきゃいけないって考え、僕、嫌いだね」と言っておっこを怒らせるあかねでさえも、その考えを改心するような何か酷い罰を受けたり、また明確に自分の考えを改めるシーンが出てくるわけではない。

 おっこも、真月も、旅館に来る客も、誰も間違っていないし、だから誰も他人を責めない。誰かを否定する権利は誰にもない。

 

王道を更新する映画

 「主人公が悪い奴に苦しめられるが、主人公が我慢できる/受け入れられるようになる(成長する)」

 という物語は、映画に限らずあらゆるエンタメで用いられる王道だ。

 いわゆるスポ根漫画なんかを想像してもらえたらわかりやすいと思うし、現実世界でもそういう「苦労人のサクセスストーリー」はもてはやされる。

 だが私はこのテンプレをなぞる物語が大嫌いだ。

 何故ならこのストーリーは、「悪いのは悪い奴の方」なのに「主人公が我慢することが正しい」というメッセージを打ち出してしまうからだ。

 

 主人公に振りかかるあらゆる困難の原因は主人公自身にあると考えることを求めながら、主人公に困難を与える存在たちにはその自己犠牲が求められないという矛盾。

 「社会にはどうしようもなく悪い奴がいて、その人たちが改心することは絶対にないから、主人公(観客)が我慢して一方的に不利益を被ろうね」という教訓は、

 それがたとえ現代社会を生き抜くための現時点での最適解であったとしても、

 フィクションが描く世界の在り方としてあまりにも後ろ向きで、絶望に満ちているし、

 実は「善人と悪人はそもそも違う人種である(そして主人公や観客は善人である)」という、差別的で醜悪な考え方を無意識下で前提としている。

 主人公は善人だから、悪人から悪意を向けられても慈愛の心で返すべき、という自己犠牲の強要。

 

 例えばディズニー映画が『シュガー・ラッシュ』『ズートピア』といった近年の作品で、そのように善悪を二分する世界の見方に異を唱え、アップデートを目指していることに反して、

 このストーリーモデルは(私にとっては残念なことに)現代日本で未だに強く支持される”王道パターン”だ。

 しかし、この『若おかみは小学生!』という映画は、このパターンを、正面から明確に否定している。

 だからこの映画は全く王道ではないと思う。少なくとも王道として一般的に想起されるストーリーとは全く異なるものになっているはずだ。

 

 安易な悪役なんか出さなくても、面白い物語は作れる。

 苦労や苦難、辛い経験をしなくても、人間は成長できる。

 それは現実世界で例えるなら、「青春を捨てて部活に励まないと生徒は成長できない」「炎天下の甲子園で野球をしている姿でないと観客は感動できない」と(自覚的でないとしても)主張して高校野球やその他の懲罰的な学校活動を擁護する大人たちとは明らかに一線を画しているし、

 子どもが夢見るフィクションの世界だからこそ、子どもにある種の「呪い」を押し付けるような作品には絶対にしない、という、作り手の強いこだわりを感じられる。

 

 この映画が「ポスト宮崎駿」だというのも、正直あり得ないと思う。

 価値観が大きく多様化し、「こうすれば正解」という万人に当てはまるモデルケースが存在しない、

 人生における幸せの形も成功の定義も、そこへ続く道も、一人ひとりが違う方法で探さなくてはならなくなった、

 新しい時代の子どもに向けた映画としてこの作品はあり、

 「自己を犠牲にして我慢し続ければいつか報われる」などという古臭い道徳を押し付けるこれまでの王道をはっきり否定し、アップデートしている。

 

理想の自分を支える”信仰”

 その世界に暮らす全員が、他者に敵意を向けないからこそ、それぞれが、他者からの強制ではない形で自分の中の弱さに向き合う世界。

 では、その前提が崩れた時、つまり、誰かが明確に他者を傷つけたことで、傷つけられた人もまた外の世界に対して敵意を向けてしまう、その連鎖を止めるのは何か?

 

 他者を許す、他者を受け入れるという行為は、人間にとってそう簡単にできるものではなく、誰もが自分の力でそれを乗り越えることは難しい。

 そして、それを他の誰かが助けるのも難しい。

 女将だろうと親だろうと教師だろうと、その誰もが一人の人間で、感情を持っていて、だから説得力がない。何かを棚上げし、自分の弱さを取り繕って嘘をつかないと、他者に怒りの感情を否定することができない。

 だからこの映画は、おっこのそういった怒りや悲しみや恐怖を、直接否定し、無理に乗り越えさせようとする人物が出てこない。みんながおっこの感情に寄り添おうとし、それでもおっこは常に自分自身の決断としてそれを乗り越えていく。

 劇中の最後の客との関わりの中で、その強さが、それでも限界を迎えてしまう、その時におっこを支えるのが「信仰」だ。

花の湯温泉のお湯は、誰も拒まない。すべてを受け入れて、癒してくれるんだって

 映画を観た人であれば理解できるだろうが、

 この一見するとただの言い伝え、迷信のように思える言葉が、おっこの精神的な支えとなる。

 それはまるで(日本でよく使われる批判的な意味ではなく、正しい意味での)宗教、信仰だ。

 

監督: 高坂希太郎氏コメント

(前略)

この映画の要諦は「自分探し」という、自我が肥大化した挙句の迷妄期の話では無く、その先にある「滅私」或いは仏教の「人の形成は五蘊の関係性に依る」、マルクスの言う「上部構造は(人の意識)は下部構造(その時の社会)が創る」を如何に描くかにある。

キャスト・スタッフコメント|映画「若おかみは小学生!」公式サイト

 より善く生きていこうとする強さを持った人に、最後の最後で拠り所にできるものがあること、信仰、倫理、宗教、それらの意味はここにあるのではないか。

 

 亡くなった両親の言葉という現実的な意味が付加された、その言葉が信仰となって、おっこの最大のトラウマを乗り越えさせる。

 生きている人間の力のみでは達成できない理想を、生きていない人間と、古くから伝わる伝統が成し遂げさせる。

 

 こんなことを現実世界で実践するのは、はっきり言って無理難題に近い。

 

 だからこの映画は、非常に難しいことを観客に求めている。

 この映画で描かれているのは、単に幸せや楽しさを詰め込んだフィクションの世界観ではなく、むしろ真逆だ。

 未来に希望なんて持てない今の時代の、このどうしようもなく暗い現代社会が永遠に維持されることを前提として、

 「理想なんて叶わないし、正しく善く生きることなんてできない、折り合いをつけて生きていくしかない」という敗北の価値観を植え付けようとする数多の王道ストーリーよりも、

 ともすれば遥かに過酷で、そう簡単には実践することのできないメッセージが宿されている。

 

 だが、だからこそこの映画には、この社会のより良い未来と、人間の無限の可能性を信じようとする、作り手のポジティブな意志が感じられるのだ。

 

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