ひとりごと access_time

卒業式

 昨日は卒業式でした。おせえよ!って感じですが高校の卒業式でした。
 
 式が相当つまらなかった話はリアルで十分した上に私自身は大半寝ていたせいであんまり具体的な批判ができないのでスルーします。
 
 
 で、私個人の卒業に対する想いを適当に書こうと思うのですが、
 
 うーん。あんまり実感がわかないですね。
 
 「実感ない」という感想自体がかなりありふれてて没個性なんであんまり使いたくもないのですが。
 
 
 そもそも高校生活に大して思い入れがないというのもあるにはあるし、
 
 「今のクラス」については別に・・・って感じなのですよ。卒業旅行断ったし。
 
 
 ただ、中高一貫というシステム上、6年間、常に「会おうと思えば会える」位置にいた知り合いが何十人もいて、
 
 そういう人たちと、もしかしたら一生会わないかもしれないし、数か月に1回会うかもしれないし、次に会うのは2年後くらいの同窓会になるのかもしれないけど、
 
 とにかく、物理的にも精神的にも遠く離れてしまうことというのは、よく考えてみれば結構大きいと思うので、
 
 その割にショックとか寂しさを感じないのはやっぱり「実感がない」ってことなのだと思います。
 
 
 
 今までなら「じゃあ明日カードやろう」とか「来週CD貸して」とか「テスト後にマリカやろう」とか、
 
 そういうことが当たり前にあって、当たり前でない状態が想像できないくらい当たり前だったので、
 
 ・・・ああ。なんかもう普通に感動してる子みたいじゃないか。別にそういうわけじゃないのに。
 
 
 
 画面の向こう側で泣いてる私とか想像されても困ります。
 
 米津さんの新曲を聴き流しつつ時々グリマスをポチポチしながら真顔で書いてますので。
 
 
 
 まあ、要するに、「高校時代は意外と楽しかったなあ」みたいな感想は、
 
 大学デビューに失敗してぼっち化した時に痛いほど感じるのだと思われます
 
 
 いや、実際、その未来が9割くらい確定的なのが困る。
 
 
 ・・・無理してオリエンテーション合宿の実行委員とか引き受けようかなあ。そんなレベル。
 
 
 
 私は自他共に認める超絶コミュ障ですが、一度話せるようになった相手とは相当話せるタイプなので、どちらかというと人見知りというべきなのかもしれない。
 
 
 中学では学校行事の圧力が大きすぎて自然と打ち解けられたから、中3では周りの人とかなり話せていたし、
 
 高校ではそういうものがなく、部活にも何にも入らなかったから当然の結末として孤立化したわけで。
 
 
 別に話すのが苦手というわけでは決してないのですよ。うん。
 
 というか、話すのが苦手ならブログ7年も続けてませんよ。ははは。(微オードリー風)
 
 
 実際、リアルで話すのが苦手な人はやっぱりブログを始めても更新がすぐに途絶えたりするなあ、と、周りの人を見てると思います。
 
 
 まあ、何が言いたいかというと、
 
 中高でお世話になった方は本当にありがとうございました。
 
 そして、ブログを見てくださった方も、いつからか知らないしいつまでかも知りませんがありがとうございました。
 
 こういうストレスの捌け口かつ掃き溜めがあることは本当に助かったなあと今にして思います。
 中学の前半にしろ高校にしろ受験前にしろ。
 途中でツイッターに役割取られた部分も多少はありましたが。
 
 
 大学行ってもまた死にたいとか辞めたいとか口走る可能性がありますが生暖かい目で見守るかこっそりブクマ解除してあげてください。